佐敷城跡
沖縄県南城市佐敷
098-949-1899
琉球史上最大の英雄である尚巴志の三山統一が始まった城として有名な佐敷城跡は、勝連半島や中部を望むことが出来る眺めの良い高台に位置しています。尚巴志が島添大里城を奪取した時に石材を運んだため、現在では石垣は残っていません。城跡内には、尚巴志の父である尚思紹の父である佐銘川(さめがわ)大主の邸宅佐銘川御殿がありましたが、2002年の台風で全壊しています。
玉城城跡
〒901-0604 沖縄県南城市玉城門原
-
玉城城跡は標高180mの岩丘の上にある四方を岸壁に囲まれた城跡です。天然の要塞というにふさわしく、入り口も急な階段を上らねばなりません。この城も、知念城跡などと同じように琉球開闢の祖と伝えられる「天孫氏」が築いたと言われる城跡で、三山時代より以前からある歴史の古い城です。
アブチラガマ(糸数壕)
〒901-0606 沖縄県南城市玉城糸数667-1
098-852-6608
アブチラガマ(糸数壕)は天然の洞穴を利用した避難壕で、沖縄戦の悲惨さを色濃く伝える戦跡です。全長270mもある壕の中には1000人以上の軍民が避難していたと言われ、南風原陸軍病院の分室として、薄暗い洞穴の中には600名以上の重症患者も治療していました。地元有志を中心に旧玉城村によって整備されており、ガイド(有料)もあります。
南山城跡
〒901-0325 沖縄県糸満市字大里1901
098-840-8137
南山城は三山時代の主役の一角を担った、南山王の居城です。地名から高嶺城、島尻大里城とも呼ばれます。
※南城市(旧大里村)に大里城という城がありますが、こちらが分家であり、島添大里城と呼ばれます。
知念城跡
〒901-1513 沖縄県南城市 知念字知念上田原
098-948-1149
知念城は、神話的存在である「天孫氏」によって築かれたという伝説が残る歴史のある城です。古城(東の郭)と新城(西の郭)に分かれており、新城の築城年代は三山時代であると考えられています。城の規模は小規模ですが、立派なアーチ門が二つあり見ごたえはあります。
斎場御嶽
〒901-1511 沖縄県
南城市 知念字久手堅サヤハ原
098-948-1311
斎場御嶽は、「聖地」の意味を持つ御嶽(ウタキ)の中でも古い歴史と高い格式を持った御嶽です。琉球民族の祖と呼ばれる「アマミキヨ族」伝説の中にもあらわれ、王族しか就くことの出来ない最高位の神女「聞得大君(キコエオオキミ)」の即位式もここで行われました。
中村家
沖縄県中頭郡北中城村大城106
098-935-3500
今から約500年前、中村家の先祖賀氏は、強大な勢力を持ち、当代随一の築城家としても有名だった護佐丸が座喜味城より城を中城に移したとき、共にこの地にその師匠として移ってきたと伝えられています。その後、護佐丸が勝連城主の阿麻和利(あまわり)に滅ぼされると、中村家の先祖も離散してしまいます。1720年頃、家運を盛り返し、この地方の地頭職に任ぜられ今に至ります。
中城城跡
沖縄県中頭郡北中城村大城503
098-935-5719
中城城は、座喜味城の護佐丸が首里王府の命令を受け、勝連城主・阿麻和利に睨みを効かせる為に、移住し改築した城です。座喜味城同様、非常に素晴らしい築城技術が用いられており、特にアーチ門や城壁は、息を呑む美しさです。
勝連城跡
沖縄県うるま市勝連南風原3759
098-978-2227
勝連城は勝連半島のつけ根に近い字南風原(はえばる)の丘の上に建てられた、中山にも北山にも属さず一大勢力を誇っていた勝連の威勢を今も伝える威風堂々とした城跡です。
座喜味城跡
沖縄県中頭郡読谷村字座喜味708
098-958-3141
座喜味城は15世紀の始め頃、築城の名手とも謳われた護佐丸によって築城された城で、琉球石灰岩の丘・山の上に築かれることが多いこの時代の城にしては珍しく、マーヂと呼ばれる赤土の粘土質の台地上に築かれています。











